ソーシャル英会話!〜社会のコトを英語で話す練習〜
4月22日に開催された、ソーシャル英会話!〜社会のコトを英語で話す練習〜
講師はイギリス出身のマークさん。CIR(国際交流員)として活動されています。
参加者は私を含め4名、それぞれが自分が興味のあることを持ち寄り、話し合うスタイルでした。
今回話したことを大まかに説明します。
まずはじめに話したのは、HIVやコロナなどの患者さんへの差別について。差別を受けることを恐れるあまり、病気の検査を避ける人が増え、感染が拡大する可能性があるというお話をしていただきました。
次に、軍医だったお祖父さんを持つ女性から第二次世界大戦のお話を聞きました。原爆資料館に何度も足を運んできた方で、今回は輸血に使う血液の量が足りないため、馬の血液を輸血したお話を聞きました。
広島出身でない方もいらっしゃったので、小さい頃から平和学習の授業を受けていた私たちとは違う意見も見られました。
3つ目に先日の想田和弘さんの夫婦別姓訴訟にについて話しました。マークさんのイギリスでの夫婦別姓についての考え方も聞くことができました。
「日常会話ギリギリ取れる方向け」とありますが、簡単な単語を使って話しても、英語が難しい場合は日本語でも、すぐに自然な英語に直してくださいました。私も英会話が得意ではなく不安でしたが、おぼつかない英語でも理解してもらえたので、自信を持って話せるようになりました。
このように、習った英語はホワイトボードに書いてくださいます↓
「社会のコト」というのもそんなに難しい話ではなく、自分の普段思っていることやなんとなく話したいと思っていることなどでも大丈夫です。楽しく英会話を学びましょう!
次回のソーシャル英会話は5月20日(木)の19:00〜20:30、オンラインでの参加も可能です。ぜひ参加してください!
レポーター:めぐ
安彦と一緒にD×P今井紀明さんにガチ相談!〜支援を必要としている人に情報を届けるには?〜
12月15日にハチドリ舎で開かれた「安彦と一緒にD×P今井紀明さんにガチ相談!」。
店主の安彦さんが、認定NPO法人D×Pの理事長である今井さんに「ハチドリハウス」というプロジェクトに関して事業相談をするイベントでした。
ゲスト:今井 紀明 (いまい のりあき)さん
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。
1985年札幌生まれ。
立命館アジア太平洋大学(APU)卒。
高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立。
現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと、日本社会から大きなバッシングを受ける。
対人恐怖症になるも、友人らに支えられ復帰。
偶然、通信制高校の生徒が抱える課題に出会い、親や先生から否定された経験を持つ生徒たちと自身のバッシングされた経験が重なり、
若者を支え、「ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会」をつくりたいと2012年にNPO法人D×Pを設立。
ハチドリハウスとは、虐待を受けた人や、虐待を「受けてるかもしれない」人に寄り添うための、シェルターをつくるプロジェクト。
ハチドリハウスにはソンちゃんことキム・ソンファさんが深く関わっているので、こちらの記事も読んでみてください。
以前は、ソーシャルビジネスの先輩である尾野寛明さんにお話を聞きました。その時のイベントレポートはこちらです。
ライターのぼくもハチドリハウスの計画に携わっているので、しっかりお話を聴きに行きました。
ハチドリハウスの計画について、今井さんがアドバイス
周りの人との自己紹介を通したアイスブレイクと、今井さんが理事長を務めるD×Pの紹介が終わり、いよいよハチドリハウスについての相談です。
ソンちゃんと安彦さんが、ハチドリハウスや広島での虐待をとりまく現状について説明していきます。
ハチドリハウスが目指しているのは、図の一番下に当たる「ゆるいシェルター」。
1番上の急性期シェルターは、いますぐに保護しないと命が危ない人を受け入れる場所。
2番目の民間シェルターは、急性期ほどではないけど保護すべき人を受け入れる民間の場。
しかし、上の2つだけでは一時的な保護だけしかできず、虐待を受けた人に寄り添う本当の支援ができるとは言えません。
また、虐待が起きる前の保護には手が回らず、施設自体の数も少ないです。
そこで支援からこぼれ落ちている人を助けるのが、ハチドリハウス。
ソンちゃんの説明を聴いた今井さんが最初に言ったのは、「本当にやりたいことなの?」「何を解決したいの?」ということ。
今井さんが事業相談を受けるときに大切にしているのが、
- 本人が本当にやりたいことは何か
- リスクはあるか
- お金をどう用意するか
この3つについてとことん話をすること。
ハチドリハウスは「本当にやりたいこと」を突き詰めて、支援の対象や形を考え直していきました。
ソンちゃんは、「トラウマはなくせなくても、自分に向き合える時間や空間になる居場所があれば、自分の人生に希望を持てるんじゃないか」と話します。
そしてソンちゃんの話を聴いた今井さんが課題としてあげたのは「対象がはっきりしてないよね」ということ。
ハチドリハウスが支援したいのは、
-
虐待「されているかもしれない」人なのか
-
虐待「されていた」人なのか
-
子どもを虐待してしまうのではないかと不安に思っている親なのか
-
身体的に虐待を受けた人なのか
-
精神的に虐待を受けた人なのか
-
性的虐待を受けた人なのか
どの場合でも、必要な知識や設備は全く違います。
専門性が全く別である支援を求めている人が同じ場所に集まると、対応するのは大変です。
また、
- 虐待の現状を世間に知らせたいのか
- 現場で支援をしたいのか
によっても活動内容は変わってくるといいます。
D×Pでは LINE@を通した進学・就職相談をオンラインで行なっていますが、その中でも深刻な状態の人からSOSが送られてくることがあるそう。
そんなときは今井さんが直接お話をしているそうですが、専門以外の分野から来る声に答えるのは大変だと今井さんは話します。
例えばシェルターなどの住居だと、入念に自殺対策もしないといけません。
専門性に関しては簡単に考えない方がいい、というのが今井さんの意見です。
ソンちゃんが本当にやりたいのは、「話をすること」。
まずは話を聴いて、必要な支援につなげて行くのがいいんじゃないかということになりました。
そして今井さんがもう一つ重要としてあげるのは、民間の類似例を探すこと、そしてあればヒアリングに行くこと。
どんなことが必要なのか、実体験から学べるからです。
今井さんに相談して分かったハチドリハウスのやるべきことを大きく2つに分けると、
- 支援の対象をしぼり必要な専門性を知る
- 類似例を探す
- 実際に虐待を受けた人と繋がってニーズを知る
ということ。
「形が先行しちゃってたのかもしれないな」と、安彦さん。
1時間ほどで、ハチドリハウスの姿がどんどん研ぎ澄まされていきました。
まとめ:本当にやりたいことを見極めてから考えることが大切
今井さんのお話を聴いてひしひしと感じたのは、「そもそも何がしたいのか」を読み誤ってしまうと方向性が全く変わってくる、ということです。
前回ゲストで来ていただいた尾野さんも、「何をしたいのかハッキリさせてから起業しないと、手段の目的化が起こる」ということを話されていたのを思い出します。
ハチドリハウスの支援について、目的から様々なことを煮詰めていこう、と思った2時間でした。
大阪からハチドリ舎に来てお話をしてくださった尾野さん、
ソーシャルビジネスについてみんなで考える機会をつくってくださったハチドリ舎のみなさん、
ありがとうございました!
- D×Pのホームページはこちら
- レポーター:はいど
安彦が尾野さんにガチ相談 〜次にやりたいソーシャルビジネスの話〜
11月8日に、ハチドリ舎で開かれたイベント「安彦が尾野さんにガチ相談 〜次にやりたいソーシャルビジネスの話〜」。
タイトルの通り、店主の安彦さんが「次にやりたいソーシャルビジネス」について、尾野寛明(おの・ひろあき)さんに相談するイベントでした。
<ゲストプロフィール>尾野寛明さん
2001年、19歳の時に東京都文京区でネット古書店を創業、 2006年、本社をまるごと島根県に移転しました。
書店跡地を利用し、過疎を逆手にとって、倉庫代は東京の100分の1。
15万冊以上の蔵書があります。
2014年には障がい者雇用部門が分社化し、過疎地としては珍しい就労継続支援A型事業所として認可されました。
現在、島根県雲南市と岡山県井原市の2ヶ所で事業所を運営し、高齢化で担い手不足に悩む過疎地のあらゆる地域資源を障がい者の仕事にする試みを進めています。
嫁が田舎嫌いのため、移転以来、東京と島根を毎週行き来する「二地域居住」を10年以上続けています。
毎週末、地域づくりの「実践塾」を運営し、2011年以来7期目を迎える島根県雲南市の「幸雲南塾」を始め全国18カ所に取り組みが広がっています。
子育てママや普通のサラリーマンでも空き時間で気軽に無理なく地域づくりに携われる仕組み作りをしています。
安彦さんがやりたい次の「ソーシャルビジネス」とは、「ハチドリハウス」。
虐待を受けた人や、虐待を「受けてるかもしれない」人に寄り添うための、シェルターをつくるのが、安彦さんの新たな目標です。
ハチドリハウスにはソンちゃんことキム・ソンファさんが深く関わっているので、もしよかったらこちらの記事も読んでみてください。
ハチドリハウスの計画について、尾野さんがアドバイス
以前、ハチドリハウスは助成金の申請をしましたが、落選してしまっていました。
安彦さんが申請書をスクリーンに映しながら、尾野さんに「この計画でうまくいくでしょうか...?!」とたずねます。
尾野さんは申請書を見て、「行けるんじゃない?」と一言。
ハチドリハウスのような強い意志があるプロジェクトには必ず人が集まるし、プランがぐちゃぐちゃでもやる人はやってしまうんだそうです。
「逆に、ダメっていったらやめるの?」と尾野さん。
安彦さんとソンちゃんは、「やってみて、無理って思えないと諦められないよね」と笑います。
尾野さんがハチドリハウスについて話し合いたいのは、2つのこと。
- どんな人をサポートするか
- 資金集めはどうするか
この2つについて、参加者みんなで考えていきました。
どんな人をサポートするか
尾野さんがスライドに映し出したのが、こちらの図。
1番上の急性期シェルターは、公的機関が運営しているような、いますぐに保護しないと命が危ない、という人を受け入れる場所。
2番目の民間シェルターは、急性期ほどではないけど保護すべき人を柔軟に受け入れる民間の場。
しかし、上の2つだけでは一時的な保護だけしかできず、虐待を受けた人に寄り添う本当の支援ができるとは言えません。
また、虐待が起きる前の保護には手が回らず、施設自体の数も少ないです。
そんな問題を解決するための場が、3つ目の「ゆるいシェルター」。ハチドリハウスです。
ハチドリハウスは、
-
「虐待されていたかも」という人や、「虐待をされていた」という人のシェアハウス
-
駆け込み寺のように逃げ込める場
という役割を目指しています。
ピラミッドに整理したことで、ハチドリハウスがサポートする人は
「従来の保護からは滑り落ちてしまう、虐待を受ける前・後の人」
と明確になりました。
資金集めはどうするか
安彦さんが考えている資金源は2つ。
-
サポーター会員をつのり、少額ずつ寄付をしてもらう
-
広島の企業に対して、「利益を地元に還元することを呼びかける
尾野さんは、「もっと助成金を活用していい」と言い切ります。
「こんなに社会にとって必要で、これだけの社会的損失を回避できるんだよっていうのを示せるなら、そこにお金を出す仕組みはあっていいと思う」
と熱く語る尾野さん。
「プレゼンは採点競技だから」
「100万円以上になると、プロでも打率は3割」
と尾野さんは教えてくれました。
助成金審査を「する側」だったこともあるという尾野さん。
- 課題設定力
- 具体性・実現可能性
- 創意工夫
- 地域との関係性
- 熱意・共感力・モチベーション
- 責任感・公共心
- 周囲を巻き込む力
のような項目を総合的に満たしているといいそうです。
資金面についても、知識が深まりました。
ここで、ハチドリハウスが防げるであろう社会的損失について考えてみます。
「私は1年間に2万人も自殺してる日本が全然、平和だと思えなくて」と話す安彦さん。
会場全体が静かな熱気に包まれていました。
参加者から尾野さん・ハチドリハウスに質問
ここで会場は質問タイムに。
Q. 継続することが難しいけど、どう考えてますか?(お金だけではないハードルの乗り越え方)
A. 尾野さん:適性。10年くらいしないと分からない。意思があれば大丈夫
Q. オススメの組織のかたちは?
A. 尾野さん
→一般社団法人がオススメ
Q. 似たソーシャルビジネスの事例を教えてください
A. 尾野さん
島でシェアハウスを作りたいというプロジェクト。
ニートとかフリーターを支援するシェアハウスがある。
ハチドリハウスのような組織は、全国初
Q. 社会的損失があるのは分かるのに、ゆるいシェルターが増えていかないのはなぜでしょうか?
A. ソンちゃん
ニュースで見るから、肌から感じれないのかもしれない
Q. ハチドリハウスはどうやってお金を稼ぐの?
A. 安彦さん
週末イベントや、シェアハウス代
まとめ:起業するのに必要な、多角的な視点をいただけました!
ハチドリハウスのプロジェクトには、この記事を書いているぼくも少しずつ参加しています。
尾野さんに切り込んでもらえたことで、自分に欠けていたいろいろな視点に気づくことができました。
例えば、「起業は手段」という尾野さんの言葉。
世の中のためになにをする? という目的をはっきりさせて起業しないと、起業自体が目的になってしまうそうです。
尾野さんの「起業者側」の視点からお話が聴けました。
助成金に関しても、「助成する側」の視点から。
問題点の整理も論理的にやっていく尾野さんを見て、
「これからこのプロジェクトに携わっていく人間として、もっと物事を深くとらえないといけないな」と強く感じました。
お話をしてくださった尾野さん、
ソーシャルビジネスについてみんなで考える機会をつくってくださったハチドリ舎のみなさん、
ありがとうございました!
レポーター:はいど
~これからの教育の話をしよう!~公教育とオルタナティブ教育のビミョウな関係
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いわゆる義務教育だとルールに縛られる感じがする…など、近年批判の集まりがちな公教育。
社会の中で期待が寄せられつつも、まだまだメジャーではないオルタナティブ教育。
双方に賛否両論ある中、今年に入って福山市が発表した「イエナプラン教育校」の2022年創設のニュースに注目した方も多いはず。
公教育の中にも、オルタナティブ教育が導入されつつあるのです。
それぞれの良いところ・悪いところを含めて、まずは全体像を学んでみませんか。そして、どちらが正解でもない「これからの教育」を一緒に考えてみませんか。
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イベントの説明文を読んで、迷わず参加ボタンを押しました。
「『オルタナティブ教育』って聞いたことはあっても、その中身はよく分かっていない」
「『これからの教育』っていったいどうなるのだろうか」
「気になる。知りたい!」
そんな気持ちをもって、当日ハチドリ舎へ向かいました。
今回のイベントのゲストは、全国の教育現場の取り組みを支援するために講演や場作りで活躍する、教育コーディネーター武田緑さんです。
<ゲストプロフィール>
武田 緑さん
Demo主宰。教育コーディネーター、学校の民主化アドバイザー、人権教育・シティズンシップ教育ファシリテーター。
民主的な学び・教育=デモクラティックエデュケーションを日本中に広げることをミッションとして、教育関係者向けの研修の企画運営、現場の課題解決のための伴走サポート、教材やツールの開発・提案、キャンペーンづくりなどに取り組んでいる。
シティズンシップ教育、人権教育、オルタナティブ教育、学校と学校外の協働、子どもの参画、ファシリテーション、ワークショップデザインなどが専門。
「教育」をテーマにした学校や教育委員会等からの依頼はもちろん、「まちづくり」や「人権」をテーマに行政や企業からの講師依頼も多い。
現在、DEI-Democratic Education Initiative-の発起人として全国の教育現場の取り組みを支援しつつ、NPO法人授業づくりネットワーク・理事、学校働き方研究所・ファシリテーター、 一般社団法人はらいふ・理事、WEBマガジンここここ・編集長、NPO法人関西こども文化協会・東淀川区こどもの居場所づくりアドバイザーなどを兼任。
緑さんからの問題提起
まずイベントのはじめに緑さんからある問いを投げかけられました。
その問いは、ずばり、
「教育を選べることはいいことなのか?」
単純に考えれば教育の幅や選べる選択肢が増えることは、子どもたちにとっても保護者にとっても喜ばしいことのはず。
ですが、この問いこそが緑さんの1番伝えたいことにつながっていくとは、このときはまだ誰も知りません。。。。
そもそも「オルタナティブ教育」って何?
そもそも「オルタナティブ教育」という言葉が意味することが何なのか、基礎の基礎から教えていただきました。
オルタナティブ教育の「オルタナティブ」という言葉は、「代替の(既存のものに対する批判も込めて)」という意味があります。
今の日本の公教育の特徴を並べると、
- 教師主導
- 教科書中心
- 画一一斉授業
- 管理と強制
- 権威的
- 国によるコントロール強
- 「適応」を要求する
このような特徴があると緑さんは言います。
そして、これらの特徴を一言で言い表すと「銀行型教育」という言葉になります。
これは預金通帳にお金をどんどん入れていくように、知識やスキルをどんどん詰め込んでいく教育であり、「子どもたちには何にも能力がないから、必要なものを授けよう、与えよう、詰め込もう」という考えが前提の教育。
そうすることで、子どもたちはただただ受け身になって、周りに適応することががよいこと、権威者(先生、上司など)に従うことがよいこと、ということを暗に学んでしまいます。
(権威者にとって、非常に都合のいい人材が育っていくという流れ。)
この「銀行型教育」に待った!!をかけるのが、いわゆる「オルタナティブ教育」と言われるものです。
オルタナティブ教育の考え方の前提になるのは、「子どもがたちがそもそももっている能力を発揮できるようにする」ということ。
オルタナティブ教育では、子どもたちには自然と育つ力がある、1人1人違う能力のタネや可能性をもっている、という考えのもと、どうしたらその力が発揮されやすくなるのか、タネから芽がでて可能性が開花するのか、ということを考えて実践されます。
「銀行型教育」を「ない」が前提の教育とすれば、「オルタナティブ教育」は「ある」が前提の教育。
つまり「オルタナティブ教育」とは、今の公教育に対して「オルタナティブ(代替)」であるってことです。
したがって、オルタナティブ教育の特徴は
- 子ども主体
- 体験・対話中心
- 1人1人のニーズに合う個別学習や協働学習
- 自主性・主体性を大切にする
- NPOや私立がメイン(国によるコントロール弱)
- 子どもたちに参加や行動を促す(自分たちには世の中を変える力があるということを学ぶため)
このような特徴をもっています。
諸外国と日本の「協調性」の違い
教育の現場でよく使われる「協調性」という言葉。
オルタナティブ教育でも日本の公教育でも大切な資質として使われる言葉です。
ただ「協調性」という言葉1つとっても、諸外国と日本では意味が違います。
オルタナティブ教育が生まれた諸外国で言われる「協調性」とは、
- 1人1人は自分の意見をもっている(自分のニーズを知っている状態)
- お互いの意見を出し合える
- 意見の折り合いがつけられる
これが諸外国で使われる「協調性」であり、オルタナティブ教育の意味する「協調性」。
ですが、日本では使われる「協調性」は、「場の空気を読む」「察する」ことを暗に意味してることがほとんどで、自分の意見をもつこと(自分のニーズを知ること)やお互いが対等に意見を出し合うことを育てる風土がありません。
このように、オルタナティブ教育で使われる言葉と普段自分たちが使っている言葉の意味は違う可能性があり、オルタナティブ教育を理解する上では、言葉の意味を再定義するところから始める必要があることが分かりました。
オルタナティブ教育と呼ばれる教育法の説明
オルタナティブ教育の基礎部分の話が終わり、話題は「具体的にどんな教育法があるのか」というものへ。
「1こ1こ説明したら、とんでもなく時間がかかりようだな~(笑)」
なんて緑さんは言いながらも、簡潔にそれぞれの教育法について説明してくれました。
(写真がないものがありますが、そこはご愛嬌で…(笑))
①シュタイナー教育
シュタイナーさんという学者さんが考えた教育法で、
- 日本では最も多く大規模
- 表現や感性を重視
- 独自の世界観と発達観
が特徴としてあげられます。
緑さんいわく、「シュタイナーさんの独自の子ども観や発達段階論があって、それに従って教育する!ってイメージが強い」そう。
②モンテッソーリ教育
※写真がありません。
モンテッソーリさんというお医者さんが考えた教育法で、日本では幼児教育の教育法としてかなりメジャーです。(ヨーロッパでが中学生ぐらいまでモンテッソーリ教育が行われる学校もあるそう)
特徴としては、
- 発達段階を大切にする
- 教具を用いて「集中」「没頭」の空間を作る
こんな感じです。
③ダルトンプラン
※写真がありません。
ダルトンプランは
- 自分で自分のスケジュールを決める
- 個人活動と協働学習の時間がある
こんなイメージです。
④フルネー教育
※写真がありません。
- 自由作文(表現)⇒共有する
- 学校で自分の「生活(パーソナルな部分)」を共有する
こんなイメージで、日本では文章指導や国語教育などで使われています。
⑤イエナプラン
オランダのイエナプランの特徴は、
- 異年齢集団での学習スタイル
- 個別学習と共同学習の時間
- 「対話」の時間を大切にする
このような特徴があり、「20の原則」に則って、子どもたちに関わっていきます。
この「20の原則」が素晴らしく、【人間について】、【社会について】、【学校について】という3つのカテゴリーごとに、子どもたち一人ひとりがもっている力を発揮できるようになるために必要なあり方・考え方が簡潔にまとめられています。
この「20の原則」を読むだけでも、イエナプランが目指す世界観が分かると思います。
⑥サドベリーバレースクール
緑さん曰く、
「サドベリーバレースクールは見学に行って1番意見が分かれる学校」だそう。
- カリキュラムなし
- テストなし
- 子どもたちが学校運営をおこなう
サドベリーバレースクールはスタッフの人事や予算まで子どもたちによって決められるので、今の日本の公教育からは考えられないぐらい「超子ども主体」。
そして、カリキュラムがないのも、「一人ひとりが学ぶ時期になれば、必要な知識やスキル、考え方を身につけていく」という子どもの学びへの主体性を大切にする方針なので、ずっとゲームをして遊んでいる子もいるそうです。
この状態を見たら、確かに意見が分かれそうですよね。
⑦サマーヒルスクール
サマーヒルスクールは一言で「子どもたちが幸せであること」を大切にしており、この後でてくる「きのくに子どもの村学園」のモデルとなった教育モデルです。
⑧きのくに子どもの村学園
日本では老舗の「きのくに子どもの村学園」。
特徴としては、
- 時間割の半分以上が体験学習
- 縦割りの異年齢クラス
- ミーティングで物事を決定
きのくに子どもの村学園では体験を通じて学ぶことを大切にしており、プログラム学習を異年齢集団で行ったり、ミーティングを行うことからイエナプランとも通じている部分があります。
日本での「オルタナティブ教育」の位置づけ
日本でのオルタナティブ教育の位置づけは主に3つ。
- 独立型(制度外)
- 私立型(制度内)
- 公立型(制度内)
今の日本の現状としては、多くのオルタナティブスクールが「独立型」であり、制度外(文科省の認可外)なため、オルタナティブスクールに通っていても学校に行っていない・不登校あつかいを受ける現状があると緑さんは言います。
しかし、制度内で行う私立型や公立型の場合、国の制度や学習指導要領のしがらみの強い中で行うので、オルタナティブ教育の自由度が下がってしまう可能性もあると指摘しています。
教えて!緑さん!Q&Aコーナー!
Q:オルタナティブ教育のデメリットは?
A:①独立型の場合、学校行ったとみなされない場合がある(不登校あつかい)
②今の日本のスタンダードとずれているので通っている本人が悩む場合がある
③お金がかかる
Q:そもそも今の日本の公立学校でオルタナティブ教育って行えるものなのですか?(公立学校でオルタナティブ教育を実施している事例があれば教えてください!)
A:学級づくりなどクラス担任の裁量の中でオルタナティブ教育を取り入れている場合が多い。
- クラス会議
- 教室リフォーム(話し合って学ぶ環境を自分たちで作っていく)
- パスちゃん(授業への参加をパスできる人形)
などほかにもたくさんの事例あり。
Q:「複式学級」についての緑さんの意見があれば教えてください。
A:複式学級は「手厚い」、「個別対応」、「異年齢と関われる」としてとらえられているし、そういう側面ももちろんある。
でも裏を返せば「大人の介入が多い」ともとらえられるし、ふだんの授業自体は教室を半分に分けて学年別にやる学校が多いため、異年齢と関わって学んでいる実感はそんなに多くないかもしれない。
Q:保護者としてどのように学校教育と関わったらいいのか(何か言うとモンスターペアレンツって言われてしまう現状があるし…)、アドバイスがあれば教えてください。
A:声の大きい人が正しいようにとらえられがちだけど、それは関係ない。「ん?」って違和感を感じたことがあったなら、伝えていくことが大切。
そのためにはPTAやママさん同士のつながりを作って、そこで感じた違和感や教育のことを話していける関係づくりをしていくといいかも。
Q:オルタナティブ教育でも「いじめ」ってあるんですか?ある場合はどのように対応しているのか、教えてください。
A:オルタナティブ教育の場でもいじめはある。ただ、そもそも子どもが学校で抱えているストレスが公教育よりも少なかったり、話し合う風土があるから発見したらすぐみんな話し合ったりするので、深刻化しずらい。
Q:福山市の小学校へイエナプランが入ることが話題になっていますが、市にオルタナティブ教育が入るのはどうしてですか?(トップの権力が関係しているの?)
A:これは、トップの影響がかなり関係していますね(笑)
Q:公教育でオルタナティブ教育を入れて学級崩壊した事例がありますが、そのときの理由は何だったのでしょう?
A: 公教育のやり方に慣れている子どもたちが扱える範囲以上の「自主性」や「自由さ」をいきなり与えてしまったことが1番の原因。(公教育が大事にすることとオルタナティブ教育が大事にする部分が違うため、子どもたちが混乱してしまった。)
そうならないために、子どもたちの状態に合わせて徐々に「自主性」や「自由さ」を取り扱えるように、段階を踏む必要がある。
Q:子どもによって「オルタナティブ教育が向いている子」、「向いていない子」、というような特性はありますか?
A:オルタナティブ教育は本質的なことを大事にするので、オルタナティブ教育の考え方自体に向かないという子はほとんどいないと思う。
ただ、オルタナティブ教育の手法には向き不向きはある。手法はその子の特性や性格に合わせて選んだらいい。(サドベリーバレースクールが向く子、向かない子みたいな感じ)
緑さんが伝えたい想い~教育の民主化~
最後に、緑さんは「教育の民主化(デモクラティックエデュケーション」が必要だと強く主張しています。
自分の望むものを知り、他者と対話をして、私たちのあり方を考えて、社会のあり方を考えていく。
そんな4つの段階を踏むことで、子どもたちは多様な他者と協働しながら自分らしく生きていけます。
しかし、今の日本の教育はそもそもの「自分の望むものを知る」という1番最初の段階が大きく欠けた教育を受けており、年齢が上がるほどに日本の子どもたちは自己肯定感が下がったり、自分の将来が見えなくなっていきます。
また緑さんは、「民主的な環境(多様性を受け止め合える安心安全な場)」「民主的なコミュニケーション」、「デモクラシーに必要なスキル」、「デモクラシーに関するトピック」を順々に積み上げていく必要があるといいます。
日本の公教育には土台となる「民主的な環境(多様性を受け止め合える安心安全な場)」はまだまだ少ないですし、オルタナティブ教育をやっている団体の中でも1番上にある「デモクラシーに関するトピック」を子どもたちに伝えていけている団体も少ないそう。
緑さんが伝えたい想い~「教育の市場化」への警告~
もう1つ、緑さんがどうしても伝えたかったことが、最初に問題提起された「教育を選べることはいいことなのか?」ということ。
この質問は「教育の市場化」への警告です。
教育を選ぶ=選べる人と選べない人が生まれる。(市場の原理が働く)
もてるものともたざるものから生まれる「格差」
サービス化や差別化が生まれる⇒本質が軽視され効率化が図られたり、「オルタナティブ教育」が形骸化していく恐れ。
教育の本質は、誰もがよりよく生きるために、自分らしく幸せに生きるために必要なもの。
選べることが大切なのでなく、
どの子も例外なく、本質的な教育が受けられることの方が大切。
そのためには、「公教育」で本質的な教育が行われるようになることが大切。
そのように緑さんは語られて、会は終了しました。
まとめ
今回のイベントに参加してみて、改めて「教育」の目的は、「誰もが自分らしく、自分のもてる力を発揮して幸せに生きていくための学び」であることが分かりました。
選べることが大切なのでなく、
どの子も例外なく、本質的な教育が受けられることの方が大切。
そのためには、「公教育」で本質的な教育が行われるようになることが大切。
この緑さんの想いに私も強く賛同です。
そのためには、公教育やオルタナティブ教育といった教育機関のハード面が整っていくことはもちろん必要。
そして、子どもたちがもっている可能性のタネ、未来の希望のタネを大切にして、のびのびと成長していく姿を見守っていく。
そんな姿勢をもつ大人が1人でも増えていき、オルタナティブ教育の理念が根付く土壌を作っていくことも重要だと私は感じました。
まずは私から、そういう大人の一人になろう。
そんなことを決意したイベントでした。
緑さん、ハチドリ舎のみなさん、ありがとうございました!
レポーター:さーちゃん
絵本が教えてくれる~親と子の関わりについて~
話し手は、絵本講師の亀井佳代子さん
子どもの捉えられ方の歴史の紹介→絵本紹介→感想タイムという形で進みます。
まずは、子どもが社会の中でどう捉えられてきたか、その歴史を絵本の歴史について。
近代までは、数え年で7歳までは生きるか死ぬかが重要で、子供のために何かをすることはなかったそう。つまり、保護すべき対象ではなかったのです。7歳を迎えると、小さな大人として、大人と対等な地位で働いていたようです。
この頃の子どもらは精神的に安定していたんだそう。役割を持ち自分が社会に必要とされている実感があったからでしょうか。現代では自分のアイデンティティに悩んで精神が不安定になる子どもが多いですよね。
その後、子どもは保護すべき者として捉えられるようになります。教える者と教えられる者という上下関係ができ、教育制度が整えられていきます。
1700年代に生きたルソーという哲学者は、子どもの自然の善性を大切に育てることを説きました。文明を強制することなく自由な主体として育てるべきと考えていました。
1800年代の半ばに世界で初めて、子どものために描かれた絵本、「もじゃもじゃペーター」が登場します。
十編の内、1つを読み聞かせてくださいました。衝撃の内容!怖すぎでした!しつけ絵本という感じでした。
次第に、子どもにとって良いものは何かが考えられるようになります。広島出身の鈴木三重吉がつくった「赤い鳥」を例にお話ししてくださりました。「赤い鳥」は児童向けの雑誌ですが、子ども向けだからこそ一流の作品を!と芥川龍之介や北原白秋に作品を書いてもらっていたそうです。
戦後、高度経済成長期からはどんどんと早期教育になっていきました。今では「生まれてからではもう遅い」なんて見出しの本が書店に並んでいたりもします。大人が先回りして教え、子どもは受動的に教えられるようになりました。子どもの考える力を奪っているように思いました。
昔も今もそれぞれにメリットデメリットがあるように思います。子どもにとっていい関わり方とは何か、バランスが難しいです。
次は絵本の紹介。いい親子ってなんだろうな、と考えながら絵本の紹介を聞きました。亀井さんの子育てのエピソードも交えながらの紹介でとっても面白かったです。
亀井さんがセレクトした10冊がこちらです。
- 子どもに寄添うような親子の会話の絵本
- 子ども目線でみた親を描いた絵本
- 支えたり支えられたり、許したり許されたりといった親子の関係を描いた本
- 子育ての大変さに疲れる親の心を軽くする本
いろんな角度からいい親子関係ってどんなものだろうかと考えることができました。
正解はないので、参加者みんなで考えようということで、最後は感想タイム。
- 子ども時代の自分と重なってぐっとくる本があった
- 心が軽くなった
- 子どもに絵本を読み聞かせた時間を振り返って大切な時間だったと思った
- 自分の子どもに絵本にあったような接し方をしたらば良かったと思った
- 保育所に置いて、他の人にも読んでもらいたいと思う本があった
- 絵本は子どもだけのものじゃなく、中高生や大人にも必要だと思った
自分の仕事や子育てを想い、それぞれの考えたことを話しました。
最後のまとめとして、石井桃子さんの言葉を紹介してくださりました。
『子どもたちよ 子ども時代を しっかりと楽しんでください。
おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは
子ども時代の「あなた」です。』
社会の動きを知った上で、子どもにとって何がいいのか、いい親子関係とは何か、を考えることができ、素敵な時間でした!
次回は7月、「心」をテーマに開催予定です。
(文責:井元遥花)
二世という呪縛からの解放。
二世と聞くとどんなイメージが浮かびますか? 政治家、起業家、芸能人にスポーツ選手など二世と呼ばれる子どもたちは、多かれ少なかれ葛藤を抱きます。
有名人にはマスメディアのスポットが当たりやすいのですが、陰ながら苦しむ二世もいるのです。その一つが、カルト宗教の二世です。
今回は、親が宗教家、しかもカルトと呼ばれる宗教の二世です。それも教祖や幹部といった上層部ではない末端の会員なのです。
ゲストのアオイさんは、厳格な規律があるエホバの証人という宗派であり、宗派外の人との交際は布教活動以外は認められていません。それでも、他の宗教家と関わってみよう強く決心し、4ヶ月越しに、やっとハチドリ舎の坊主バー企画に参加できたのです。そこでの話がきっかけとなり、今回の企画につながりました。
それでは、内容を見ていきましょう。
「知ることで優しくなれる」「自分が生きやすい社会」「当事者に会うことで、頭で考えていることと実際との溝を埋める機会」会って知るシリーズと題されたハチドリ舎でのイベントです。
冒頭に店主安彦さんから企画の説明があり、同じような境遇の方の再現VTRが流れました。
あまりにも衝撃的な内容に言葉がありません。特に「折檻」という名の暴力行為です。エホバでは親が子どもに対してさまざまな道具を用いてお尻を叩いたりして、しつけを行うというのです。
まるで映画にもなったダヴィンチコードに出てくる鞭で自分を痛めつける原理主義者のようだ。さらには、親同士でどういった折檻方法がより効果的なのかをお互いにシェアしたり競い合ったりしているというから、どこの国の話なのだ?という動揺が会場に広がります。戦時中なのか?遠い異国なのか?昔々の黒歴史なのか? いやいやここ日本の、現在のお話だ。
ついでトークセッションです。
安彦:いつ、信者になったの?
アオイ:中学2年のときかな。4歳の頃、両親の仲がうまくいってなくって母がDVを受けていたようで、そのタイミングで勧誘の訪問があって。そこから母が信者の前段階の研究生となり、私も連れていかれるようになった。
安彦:どういう手続きがあるの?
アオイ:はじめに集いに参加、学校で訓練を受けて布教に出て伝道者となり試験に受かれば、プールに沈んで浮かぶ入水の儀式を経て、正式に信者として入信となりますね。
信者になるための試験があるというのはちょっとした驚きです。誰でも入れるわけではなく、選ばれし人のみが入れるという選民思想的要素を感じます。しかし、中学生だと周りが気になる年頃なだけに、よく信者になろうと決意できたなとある意味感心です。でも実は、強制的な雰囲気を自分の意思と勘違いしたのか、それとも小さい頃から接していると案外そうでもなくなるのか。周りの環境の影響って見えないだけに、恐いですね。
安彦:母親はエホバのどこに惹かれたんだろうね?
アオイ:子育ての悩みを相談してたら、聖書で子育てや人生がうまく生きますって言われたりしたところかな?
安彦:実際、良くなった? それともエホバの活動が現実逃避になったとか?
アオイ:現実逃避かな。”楽園に行ける”と言われて脳内麻薬でハイになってるって感じで。それで母は信者になる前に離婚して、エホバの地域の団体施設が私たちの子育てをサポートしてくれた。
悩みを相談するうちに信者となった話は聞いたことがあって、きっかけはどこにでも潜んでいるのだと再認識させられました。”楽園に行ける”というあまりにもキナくさいキーワードなのに、藁をもすがる思いだったのか、それともあまりにも追い込まれていて正常な判断ができない状況だったのかはわかりませんが、とにかくその道を進まざるを得ない状況に同情します。日本の男尊女卑の構造的問題が、悪い方に進展した現象ではないでしょうか。
安彦:クリスマスがないって聞いたけど?
アオイ:4歳の時、カトリックの幼稚園に通ってたんだけど、父親が買って来た立派なツリーを母が捨てちゃって、今まで祝ってくれてた誕生日も祝ってくれなくなって急に世界がひっくり返っちゃった。「まもなく神様が、この世の人を滅ぼしてハルマゲドンがくる」て言われてものすごく怖かった。空から火の玉が降ってきてパニックになった人たちや死体が転がっているイラストを普通にに見せられて。
安彦:そういった一般家庭でやっていることができないのは試練だっけ?
アオイ:そう。ストレスだったけれど、子どものときって母親の存在は絶対的で、彼女をセーブする人がいないから家庭の中で生き残るためには黙って従うしかなかった。
4歳です。多感な時期です。カトリックの幼稚園に通っていたらクリスマスはきっとビックイベントの一つでしょう。でも、祝えません。お父さんが買ってくれた思い出のツリーは捨てられ、誕生日も家では祝ってもらえない。4歳ですよ。そういう習慣がない家庭だったら話は別ですが、今まではあった、が、急になくなった世界。離婚もしているし、相当辛かったと思います。私だけなんで?と恨んだかもしれません。でも何かできる訳でもなく従うしかない。やる瀬ないです。
トラウマになるようなイラストも効果覿面だったようで、よっぽど怖い思いをしたのでしょう。恐怖の大魔王がやってくるという20世紀末の予言がありましたが、それよりもひどいです。なんせ神様がやっちゃいますからね。ノアの箱舟もそうでしたっけ。でも、信じれば楽園へ行ける。
すなわち”今現在”は捨てちゃったんでしょうね。だって子育てストレスに、DVにと母親はもう、現世に生きる望みを見出せずに幼い子供を巻き込んでうさんくさい話を信じ込んでしまったのですからね。壮絶。
安彦:ところで入水の儀式ってどんな感じ?
アオイ:プールに身体を沈められるんだけど、強制的にやらされる人が多い。でも、私は進んでやった。中二のときに、他の信者がお金を出してくれて施設見学に行って、綺麗で豪華な建物に思わず感動してしまって自分で入信を決意して。
安彦:それは学校に行きながら?
アオイ:うん。学校の勉強と塾以外に、週3で1回2~3時間の信者の勉強会と母親と奉仕活動と言う名の家々をまわった勧誘をしてました。母親は朝の新聞配達以外は仕事をせずに、もっぱら宗教活動にはまってて。30年前だけど、月8万円ぐらいで私と弟二人を養っていましたね。なんていうか彼女は頭ではいいことをやっているつもりで一生懸命に奉仕活動をしていたんだけど、子どもたちにお金がかかるということに頭が回っていなくって。「うちは独立採算性だ!」なんて言ってて必要なものは自分で買うしかなくって。だから奨学金などでやりくりして。そんなんだから周りの信者から哀れられて優しくしてくれて、それでますます「エホバのおかげ」とことあるごとに彼女は口にするという悪循環で。
強制でやらされた人は可哀想ですが、進んでやったというのはなんとも言えません。そのきっと豪華絢爛なシンボリックな建物を勧誘のネタにしているという戦略はさすがです。見事に純粋な中学生をその気にさせました。
他にもきっと多くの方が陥った巧妙なトラップの一つなのでしょう。巧みの人の心理を操る術を心得ているカルト宗教の魔の手は、いつ私たちに襲ってくるかわかりません。それだけ現代の人の心が弱くなっているのか、そもそも人の心自体が弱いのか、それとも弱いとか強いではないのか?よくわからない、というのが率直な気持ちです。
そうよくわからない。なぜ生まれたのか?なぜこの親なのか?なぜエホバなのか? でも答えはきっとありません。自分の外には答えはないのです。自分の中で、自分の頭だけで考えて答えを作るのです。それが、襲いかかる魔の手に立ち向かう、または切り抜ける手段だと思います。
他のサイトですが、関連した有名な漫画の記事が載っています。参考までにリンクを記載しておきます。
ddnavi.com
それでも、アオイさんは二世として優秀な証人として布教活動を続けていました。家庭の生活を顧みない母親の元、弟二人を抱え。若いうちはよかったそうです。体力もやる気と達成感もきっとあったのでしょう。そうしてそこに救われているという洗脳もあったのだと思います。
とはいえ、やはり無理をするとどこかにガタがくるのが自然の摂理であり、もちろん人間も人工ではなくて自然の一部。自然と宗教との乖離に身と心が引き離されてしまい、ついに30代に入って精神的に病んでしまいます。
そこからもたらされていた福音の崩壊がはじまりました。すでに職を持っていない母親は一家の屋台骨を失い、徐々に奇行が増えて狂気の道へ進むのです。
そんな状況を把握した病院側がまるでキリストのようにアオイさんに手を差し伸べたのです。今では、結婚をして幸せな家庭を築いていますが、長年染み付いた諸々の規律がまだまだ苦しめるそうです。
SNSの発達やメディア発信のおかげで、似たような境遇の人たちとつながったり情報を交換し合ったりしてお互いに励まし合い、それが脱会につながっているそうです。
可哀想な親の元に育った子どもの環境は可哀想です。ですが、過去と他人は変えられません。変えられるのは自分と今の行動です。それが未来へ繋がるのです。
あなたはどんな未来を望むのでしょうか? 私は明るい、楽しい、輝かしい未来を望みます。
「わたしだけじゃない」「なんだかおかしい」「くるしい」
そんな状況にもしいるようでしたら、思い切って外の世界を覗いてみてはいかがでしょうか。あなたの頭ではなくて、心が求めていることを。
ハチドリレポーター つじっち
獣の言いぶん 人の言いぶん 〜「獣害」の本質をさぐる〜
5月2日に開かれたこのイベント
獣の言いぶん 人の言いぶん
〜「獣害」の本質をさぐる〜
自然体験アドバイザーである菊間馨さんによる動物と人間の共存に
菊間さんは冒頭に
「野生動物とペットの区別をつけなければならない」と
この言葉の意味がわからぬまま講演が始まりました。オオカミ、
何故シカに食べ物をやってはいけないのか
私はしっかりとした回答が思い浮かびませんでした。
菊間さんの話では宮島のシカが例として出され、
ある時、死んだ宮島のシカの解剖をした菊間さん。
もう一つの理由は、シカの腸の秘密にあります。
このように私たちは野生動物とペットの区別ができないまま関わっ
15歳ではありますが文章を書かせていただきました。